ヤフーでやってきたことの紹介~その3~ 転職にいたるまで

こんばんは、わいまつです。今日は、昨日に続き私のヤフー経歴、第三弾です。 その2の続きで、今日で最後です。だいたい3年目半ば〜4年目くらいのことを書きます。

今回は統括ということでなかなかのボリュームです

もしまだ、その2をご覧になっていない方は、是非見ていただけると。

その2ではヤフーメールに配属され開発リーダーになったこと。必死にやってきたときに、大きな波が来たこと。その続きです。

ヤフーでやってきたこと~その3~

突然の祭り。その名もY!mobile

それはある夏の日、突然全社アナウンスがされました。これからメディア向けに会見を開くので全社員それをストリーミングで見てくれ。と。それを聞いてみんなざわざわ。。当然です。こんなこと入社して初めてだったから。

先輩たちも「こんなこと言われたことない。」って言っていたので、相当珍しいことなんだろうと思いました。

で、配信をみたら、「Y!mobileやります!」みたいな。え??なにも聞いてませんけど。。。?てほとんどの社員は思いました。しかも、プレスリリースから、2ヶ月後くらいにリリースだと

みんなパニック。サービスマネージャーたちが集まって何かを話している。嫌な予感しかしない。。ざわざわ。。

っていうところが、Y!mobileの始まりでした。メールチームもY!mobileメールというのを新規開発するから、よろしく!みたいなことを言われ、開発が始まりました。そして、開発リーダーだった私がプロジェクトマネージャーに昇格します。

昇進は嬉しいけど、責任を押し付けられた気がして、不安でしょうがなかったです。任命された以上は全うするしかない!と意気込んではいましたが。

もう、相当のスピード感でやらないといけない。ということになりました。当時ホットだった、アジャイル開発を取り入れることになりました。これは今でも正解だと思っています。プロトタイプをほぼ毎日みんなで見て、会議しました。

残業時間はゆうに100hを超えていました。徹夜で帰っていない人もいました。これをどう捉えるかは人次第ですし、今はそこまでのことはないと思いますが。そもそもY!mobile自体、20年とかに一度の祭りだ。って言われていましたから。

そんなこんなでしこしこ開発して無事リリースまでこぎつけました。このときの達成感は今でも覚えています。いや、今後一切忘れることはないでしょう。

リリース後の負荷とかが心配で交代制で24時間張り込んでいたなぁ。とか。ヤフーに夜勤があるとは思いませんでした。今思うといい経験ができたと思っています。

4年目〜 マネージャーに

Y!mobileでの功績が買われたのか、ヤフーメールでもマネージャーをやらせていただくことに。マネージャーの仕事は思った以上に大変でした。

会議の時間が圧倒的に増え、つけなきゃいけない知識の量も増え、勉強時間も増え。。。みたいな感じ。数字に強くなれたのはこの経験があったからです。毎朝、KPIを見て、報告していたので。

数字が急にはねていたりすると、原因をさぐるためにいろんな情報をサーチしてこなきゃいけなかったので、3時間数字だけみることもありました。もっと開発したいなぁ。って気持ちがありましたが、仕事は多かったので。

そこで、考えたのは、チームのみんなにも数字を意識してもらおう!ということでした。当時ヤフーは今で言うslackの社内ツール版があって、そこに数字を自動でポストする仕組みを作りました。

数字がポストされたら、メンバー各々、それらの考察をしてもらう仕組み作りをしました。これが功を奏し、私の作業効率だけでなく、メンバーに数字を強く意識させることが出来ました。エンジニアリングって素晴らしい

そういう試行錯誤はマネージャーになってから常にしていました。大変なことも多かったけど、マネージャーのいいところはチーム全体で動ける案を出せるところですね。楽しみながら出来たと思います。

例えば施策の面。今、ヤフーメールで出来る着せ替え機能は、私が提案したものです。当時のヤフーメールの課題は継続率でした。新規でIDを取得して、メールを使ってくれても捨てアド的に使われてしまうことでした。

そこでユーザに楽しんで使ってもらうことを考えて出来たのがきせかえテーマでした。これは大成功を収め、有名企業とのコラボも実現しました。もし使ったことのない人は一度見てみてください。

さて、そんなこんなで、ヤフーメールのマネージャーとしての経験も積んだところで、私の中である気持ちが芽生えました。これは、その2で話していることですが、このままヤフーにいて、私の今後のエンジニアとして生き残る道はあるだろうか?ということでした。

私はマネージャーもやってましたが、開発も同時並行でやってました。開発が好きだからです。そして、新しい技術、動向にアンテナをはって情報収集していました。ただ、ヤフーはもうシステムとして巨大になりすぎました。

そうおいそれと技術のリプレースなんて出来ないし、そこに工数は割けないような状況。世の中の技術は常に変化していっているのに、なかなか変化していけないヤフーにいていいのか。という思いが強くなっていったのです。

私は転職を決意しました。ヤフーにいては、世の中に通じるエンジニアになれないと思ったからです。これは所属にもよると思います。考えによっても変わります。後悔したことはありませんが、残っていても良かったかな。程度には思ったことあります。

それくらいヤフーはいい会社でもあったのです。これについてはまた別の記事でまとめようと思います。

まとめ

さて、3回に分けてお届けしました。楽しんでいただけたら幸いでございます。ここの部分詳細に効きたい!とかありましたら遠慮なくどうぞ。

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